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ジョムティエンビーチ便り

バンコクの南東160km、パタヤの南5kmに位置するJomtien Beachでロングステイしています

ウタパオ空港今昔

8年ぶりに、ウタパオ空港を利用しました。

ウドンタニ→ウタパオの国内便です。

  http://jomtien.hatenablog.com/entry/2016/12/21/021218

 

到着したウタパオ空港は、8年前と変わらず、こじんまりとしていました。

空港ビルは、大きめの公民くらいの建物。

当然搭乗ブリッジは無く、降機したら僅かな距離をバスで移動し、公民館に入ります。

 

建物の端から入って、正面口に出るまで徒歩1分。

荷物ターンテーブルは、短いのが1レーンだけ。すぐに荷物が出てきます。

 

出迎えの友人とすぐに会えて、空港建物の外に出ました。

 

そこでビックリ。

隣に大きな新ターミナルビルが出来ていました!

 

外観は完成していて、現在は内装工事が進んでいます。

ウドンタニ空港ビルより大きそう。

Air Asiaが本気でウタパオを、名実ともにバンコク第3空港にしようとしているようです。

 

新タームナルビル完成の暁には、ジョムティエン行き路線バスが運行され、

ジョムティエンでスワバブーム空港行きバスに乗り継げるようになって欲しいものです。

 

 

冒頭での「8年前」の言葉に、おやっ?と思われた方も、いるかもしれません。

 

はい、その通りです。

8年前のウタパオは、タイ空軍・海軍の専用軍港で、民間の定期便は有りませんでした。

当時、特殊事情により、この空港に降りたった次第です。

 

8年前と言えば、当時の野党、、通称赤シャツのデモ隊が、

スワナブーム・ドンムアンの両空港を数日間に渡り、完全封鎖しました。

 

私はちょうと、その封鎖にぶつかってしまいました。

当時会社員だった私は、一週間の休暇を取り、タイ旅行を予定していました。

ところが出発四日前に両空港が封鎖され、

バンコク行き全便がキャンセル状態となりました。

 

もうすっかり諦め状態でした。

しかし、出発前日夜に状況が変わりました。

私の予約していたフライトが、再開第1便として飛ぶことになったのです。

但し、到着地は「ウタパオ空港」。何じゃそりゃ、です。

 

本当に行けるのか不安でしたが、予定通りにフライトは成田を飛び立ちました。

もちろん満席です。

私の席の周囲には、アメリカからの乗継ぎ客が、何人もいらっしゃいました。

 

成田で予想外の宿泊を自腹で2泊もさせらて、皆さん見るからに疲労困憊。

それでも自分たちは、こうして振替便に乗せてもらえたから、まだラッキーな方だとのこと。

 

乗客全体に奇妙な連帯感が生まれ、ウタパオの滑走路にランディングした際には、拍手が巻き起こりました。

 

着陸して停止してからも、機外に出られるまで1時間以上、待たされました。

それも当然です。

 

飛行機の窓から外を見ると、私の便以外にも10機くらいの機体がずらりと並んでいました。

どれも欧州からの大型機です。

 

元々、ベトナム戦争の頃、戦闘機B29を離発着させられるよう、

当時東南アジア最長の滑走路を持つ空港として、米軍がウタパオを建造しました。

 

なので、無名の空港ではありますが、ジャンボ機をずらりと並べられるスペースはあります。

一方で、民間機は、チャーター便を時折受け入れる設備しかありません。

入国審査窓口にしても、田舎の鉄道駅の切符売り場みたいなものです。

荷物のターンテーブルは1レーンだけ。

 

そんな所にジャンボ機10数機が一挙に着陸しても、さばききれるものではありません。

おとなしく待つのみです。

 

もうタイの地に降り立ったのだから、あとは何とかなるでしょう。

機内の誰も、待たされて苛立つ人はいません。

 

全てが不確定の状態で、ウタパオ空港から目的地までの移動手段は、

乗客が各自で確保する必要がありました。

私は機内で、隣の席のタイ人乗客に携帯電話を借してもらい、

ジョムティエン在住の友人に連絡を取り、車で迎えに来てもらえることになりました。

 

長時間待って、ようやく空港建物内に進み、驚愕しました。

小さな空港は、ぎゅうぎゅう詰め鳥カゴ状態でした。

 

折り返し便で、ウタパオから各地に出発する、無数の人たちの群れです。

すし詰めになりながら、いつ出来るか見当もつかないチャックインの行列を作っています。

重苦しい空気に満ちた、ゾンビの群れのようでした。

 

しかし、大混乱のコス状態ではあるものの、意外と静か。

空港職員の方々は、業務を遂行しようと全力を尽くされていました。

はた目に、その気迫がひしひしと伝わってきました。

 

入国審査を済ませ、迎えの車に乗り、ようやく空港敷地外に出た時、心から胸を撫でおろしました。

このウタパオでの経験以降、どこの空港での遅延や欠航のトラブルでも、鷹揚に構えっれるようになりました。(笑)

 

こういった話も、ウタパオの新ターミナルが完成したら、きっと遠い昔話になるのでしょうね。